付録B

バタワースフィルタ

この章のねらい

  • バタワース振幅特性の式と「最大限平坦」の意味を理解する
  • 極が半径Ωcの円周上に等間隔で並ぶことを説明できる
  • 通過域・阻止域の仕様から必要な次数Nを計算できる

B.1 バタワースの振幅特性

やる夫

第16章で「アナログの名設計を借りる」って話があったお。その代表がバタワースだって言ってたお。どんなフィルタなんだお?

やらない夫

バタワースは、振幅特性の2乗が次の形をしているアナログローパスフィルタだ。

H(jΩ)2=11+(Ω/Ωc)2N(B.1)|H(j\Omega)|^2 = \frac{1}{1 + \left(\Omega/\Omega_c\right)^{2N}} \tag{B.1}

NN次数Ωc\Omega_cカットオフ角周波数だ。絶対値をとると

H(jΩ)=11+(Ω/Ωc)2N(B.2)|H(j\Omega)| = \frac{1}{\sqrt{1 + (\Omega/\Omega_c)^{2N}}} \tag{B.2}
やる夫

Ω=Ωc\Omega = \Omega_c を入れてみるお。(Ωc/Ωc)2N=1(\Omega_c/\Omega_c)^{2N} = 1 だから、H=11+1=12|H| = \frac{1}{\sqrt{1+1}} = \frac{1}{\sqrt2} だお。

やらない夫

正解だ、計算が速いな。120.707\frac{1}{\sqrt2} \approx 0.707、デシベルで言うと 3-3\,dB。カットオフとは利得が 3-3\,dB に落ちる点と定義される。バタワースはこの3-3\,dB点が次数によらず必ず Ωc\Omega_c に来るのが特徴だ。

やる夫

「最大限平坦」って呼ばれてるって聞いたお。何が平坦なんだお?

やらない夫

通過域だ。式 (B.1) を Ω=0\Omega=0 のまわりでテイラー展開してみると意味がはっきりする。x=(Ω/Ωc)2Nx = (\Omega/\Omega_c)^{2N} は小さいので 11+x1x\frac{1}{1+x} \approx 1 - x、つまり

H(jΩ)21(ΩΩc)2N(B.1’)|H(j\Omega)|^2 \approx 1 - \left(\frac{\Omega}{\Omega_c}\right)^{2N} \tag{B.1'}

「平らな 1」からの最初のズレΩ2N\Omega^{2N} で効いてくる。ここに具体的な次数を入れてみろ。

  • N=1N=1 なら H21(Ω/Ωc)2|H|^2 \approx 1 - (\Omega/\Omega_c)^2。ズレは Ω2\Omega^2 の項から始まる
  • N=2N=2 なら H21(Ω/Ωc)4|H|^2 \approx 1 - (\Omega/\Omega_c)^4Ω2\Omega^2 の項が消え、ズレは Ω4\Omega^4 から
  • N=3N=3 なら Ω6\Omega^6 から、…

Ω=0\Omega=0 付近で Ω2\Omega^2 より Ω4\Omega^4Ω4\Omega^4 より Ω6\Omega^6 のほうがずっと小さい(Ω=0.1\Omega=0.1 なら 0.010.01 vs 0.00010.0001 vs 0.0000010.000001)。だから次数 NN が高いほど、低周波での平坦さが増すNN を上げるほど「最初のズレ」がより高次の項に追いやられ、Ω=0\Omega=0 のまわりがベタッと平らに保たれる。これが最大限平坦(maximally flat)の正体だ。リップルが一切ないのがバタワースの売りで、チェビシェフはリップルを許す代わりに遷移帯を急にする別の設計思想、バタワースは「平坦さ最優先」だ。

BUTTERWORTH — ORDER N INTERACTIVE
次数Nを上げると特性が理想LPF(破線)の角に近づくが、Ω=Ωc(=1)の-3dB点(0.707)は動かない=カットオフ位置はそのままに切れ味だけ上がると分かる。dB表示に切り替えると、阻止域の落ち方が次数に比例して急になるのが見える。
やる夫

NN を上げると、どんどん理想のカクカクに近づくお! でも、中央の縦線(Ω=1\Omega=1)と 0.7070.707 の交点は、NN をいくつにしても動かないお!

やらない夫

そこに気づけば完璧だ。次数を上げると遷移帯が急峻になり阻止域が深くなる。でも 3-3\,dB点は Ωc\Omega_c に固定。だから「カットオフ位置はそのままに、切れ味だけ上げたい」なら次数を上げればいい。

やらない夫

極の配置も見ておこう。式 (B.1) を ss 平面に拡張して分母を 0 にする極を求めると、半径 Ωc\Omega_c の円周上に等間隔2N2N 個並ぶ。そのうち左半平面(実部が負)の NN 個だけを採用する。

sk=Ωcejπ(2k+N+1)/(2N),k=0,1,,N1(B.3)s_k = \Omega_c\, e^{\,j\pi(2k + N + 1)/(2N)}, \quad k = 0, 1, \dots, N-1 \tag{B.3}
やる夫

なんで左半分だけ選ぶんだお? 右の極は捨てるのかお。

やらない夫

第15章の安定性を思い出せ。連続系では「極の実部が負(左半平面)なら安定」だ(離散の「単位円の内側」に対応する)。右半平面の極を選ぶと発散する不安定なフィルタになる。同じ円周上に候補が 2N2N 個あるうち、安定になる左半分の NN 個を取る。極が円周上に並ぶから、半径 Ωc\Omega_c はそのまま 3-3\,dB のカットオフになる、というわけだ。

B.2 次数の決定

やる夫

実際に設計するとき、NN はどう決めるんだお? 大きいほど切れ味がいいなら、いくらでも大きくすればいい気もするけど。

やらない夫

次数を上げると計算量が増え、群遅延も大きくなる。だから「仕様を満たす最小の NN」を選ぶ。仕様は2点で与えられるのが普通だ。

  • 通過域端 Ωp\Omega_p で、減衰が ApA_p\,dB 以下(ここまでは通したい)
  • 阻止域端 Ωs\Omega_s で、減衰が AsA_s\,dB 以上(ここから止めたい)

減衰 AA [dB] は A=20log10HA = -20\log_{10}|H|、つまり H2=10A/10|H|^2 = 10^{-A/10} だ。式 (B.1) に代入して2本の不等式を立てる。

1+(Ωp/Ωc)2N10Ap/10,1+(Ωs/Ωc)2N10As/10(B.4)1 + (\Omega_p/\Omega_c)^{2N} \le 10^{A_p/10}, \qquad 1 + (\Omega_s/\Omega_c)^{2N} \ge 10^{A_s/10} \tag{B.4}
やる夫

未知数が NNΩc\Omega_c の2つで、式が2本だお。連立で解けそうだお。

やらない夫

そうだ。2式を等号で結んで Ωc\Omega_c を消去すると、NN について解ける。結果はこうなる。

Nlog10 ⁣(10As/10110Ap/101)2log10 ⁣(ΩsΩp)(B.5)N \ge \frac{\log_{10}\!\left(\dfrac{10^{A_s/10} - 1}{10^{A_p/10} - 1}\right)}{2\,\log_{10}\!\left(\dfrac{\Omega_s}{\Omega_p}\right)} \tag{B.5}

この値を満たす最小の整数が必要な次数だ。次数は整数だから、計算結果を切り上げる

やる夫

具体的な数でやってみたいお。

やらない夫

例を出そう。Ωp=1\Omega_p = 1Ωs=2\Omega_s = 2(阻止域端が通過域端の2倍)、通過域減衰 Ap=1A_p = 1\,dB、阻止域減衰 As=40A_s = 40\,dB としよう。まず分子の中身を計算する。

10As/101=1041=9999,10Ap/101=100.110.25910^{A_s/10} - 1 = 10^{4} - 1 = 9999, \qquad 10^{A_p/10} - 1 = 10^{0.1} - 1 \approx 0.259

比をとると 9999/0.259386009999 / 0.259 \approx 38600。その常用対数は log10(38600)4.586\log_{10}(38600) \approx 4.586。分母は 2log10(2/1)=2×0.301=0.6022\log_{10}(2/1) = 2 \times 0.301 = 0.602

N4.5860.6027.62N \ge \frac{4.586}{0.602} \approx 7.62
やる夫

7.627.62 だから、切り上げて N=8N = 8 だお! 8次のバタワースなら仕様を満たすってことかお。

やらない夫

そのとおり。N=7N=7 ではわずかに足りず、N=8N=8 で満たす。あとは式 (B.3) で8個の極を左半平面に並べてアナログ伝達関数 Ha(s)H_a(s) を組み立て、それを第16章の双線形変換でディジタルの H(z)H(z) に変換すれば、IIRローパスフィルタが完成する。

やる夫

仕様 → 次数を計算 → 極を並べる → 双線形でディジタル化。本編と付録がきれいに繋がったお。やる夫、フィルタが作れる気がしてきたお!

やらない夫

その実感が一番の収穫だ。バタワースは「平坦さ優先・リップルなし・カットオフ不変・次数で切れ味を調整」というクセを覚えておけば、設計の現場で最初に試す定番として十分使える。

この章のまとめ
  • バタワース振幅特性 H(jΩ)2=11+(Ω/Ωc)2N|H(j\Omega)|^2 = \dfrac{1}{1+(\Omega/\Omega_c)^{2N}}Ωc\Omega_c で必ず 3-3\,dB(1/21/\sqrt2)になり、その点は次数によらず不変
  • 通過域が最大限平坦(リップルなし)。次数 NN を上げると遷移帯が急峻になり阻止域が深くなる
  • 極は半径 Ωc\Omega_c の円周上に等間隔。安定な左半平面の NNを採用する(1-1 の累乗根が単位円上に並ぶことに由来)
  • 仕様(Ωp,Ap,Ωs,As\Omega_p, A_p, \Omega_s, A_s)から式 (B.5) で最小次数を求め、整数に切り上げる
  • 組み立てたアナログ Ha(s)H_a(s) を双線形変換でディジタル化すればIIRフィルタが完成する