第9章

フーリエ変換の性質(3): パーセバルの等式 — 正規直交展開としてのフーリエ変換

この章のねらい

  • パーセバルの等式を級数版・変換版の両方で書ける
  • 関数を無限次元のベクトル、フーリエ係数をその座標とみなす視点を持つ
  • パーセバルがピタゴラスの定理の無限次元版であると理解する

9.1 パーセバルの等式

やる夫

性質の章も3つ目だお。今日は何の表が増えるんだお?

やらない夫

今日は表というより、フーリエ変換の見方そのものをひっくり返す回だ。まず結論の式を見せる。パーセバルの等式だ。フーリエ級数版はこう書く。

1T0T0/2T0/2f(t)2dt=k=ck2(9.1)\frac{1}{T_0} \int_{-T_0/2}^{T_0/2} |f(t)|^2\, dt = \sum_{k=-\infty}^{\infty} |c_k|^2 \tag{9.1}

フーリエ変換版はこうだ。

f(t)2dt=12πF(ω)2dω(9.2)\int_{-\infty}^{\infty} |f(t)|^2\, dt = \frac{1}{2\pi} \int_{-\infty}^{\infty} |F(\omega)|^2\, d\omega \tag{9.2}
やる夫

左辺は時間 tt で積分してて、右辺は周波数 ω\omega で積分したり係数 ckc_k を足したりしてるお。両辺で見てる世界が違うのに、イコールで結ばれてるお。

やらない夫

それがこの等式の主張だ。f(t)2|f(t)|^2 は信号の瞬間ごとのパワー(電力みたいなもの)で、それを足し合わせた量をエネルギーと呼ぶ。(9.1) の左辺は時間の世界で測ったパワー(1周期平均)、右辺は各周波数成分のパワー ck2|c_k|^2 を全部足したもの。一言でいうと、

信号のエネルギーは、時間で測っても、周波数で測っても、同じ値になる

やる夫

当たり前のような、不思議なような…。同じ信号なんだから同じになるのは当然な気もするけど、見る角度を変えただけで同じ数字が出てくるのは気持ちいいお。

やらない夫

その「当然な気がするけど不思議」を、きっちり腑に落とすのが今日のゴールだ。デモで先に数字を見ておけ。時間の世界で測ったパワーと、周波数の世界で測った ck2\sum|c_k|^2 を2本の棒で並べてある。

PARSEVAL — ENERGY BALANCE INTERACTIVE
波形を変えても項数 N を変えても、時間側パワー(緑)と周波数側 Σ|c_k|²(cyan)の2本の棒はいつも同じ高さで揃う。N を増やすと両方そろって真の全パワー(破線)に近づく。これがパーセバルの等式=「エネルギーは時間で測っても周波数で測っても同じ」、つまりベクトルの長さは座標系を変えても不変、ということを目で見た形。
やる夫

おお、棒の高さがピタッと揃ってるお! 項数 N を増やすと2本とも伸びていって、破線の「全パワー」にじわじわ近づくお。どの N でも2本は同じ高さのままだお!

やらない夫

そう、どの NN でも両者は厳密に一致する。NN を打ち切った部分和の段階でも、時間側と周波数側のパワーは必ず釣り合う。なぜそうなるのか――その理由が今日の本題だ。鍵は「関数をベクトルだと思う」ことにある。

9.2 関数をベクトルとみなす

やる夫

関数をベクトルって、どういうことだお。ベクトルって矢印だお。関数はぐにゃぐにゃの曲線だお。全然ちがうお。

やらない夫

見た目は違う。だが「足し算できて」「定数倍できる」という骨格だけ見ると、両者はそっくりだ。ベクトル a,b\vec{a}, \vec{b} は足せるし定数倍できる。関数 f,gf, gf+gf + g2f2f が作れる。この構造が同じなら、ベクトルでできた話は関数にも持ち込める。

決め手は内積だ。ベクトルの内積は ab=iaibi\vec{a}\cdot\vec{b} = \sum_i a_i b_i、成分ごとに掛けて足したものだったな。関数版の内積はこう定義する。

f,g=f(t)g(t)dt(9.3)\langle f, g \rangle = \int f(t)\, g(t)^*\, dt \tag{9.3}
やる夫

成分ごとの掛け算が、関数だと各 tt での掛け算になって、和が積分になったんだお。gg に星(共役)が付いてるのは…第2章でやったお、複素数の内積は片方を共役にするんだったお。

やらない夫

よく覚えてた。実数なら共役は気にしなくていい。さて、内積が定義できたらノルム(ベクトルの長さ)も定義できる。自分自身との内積の平方根だ。

f2=f,f=f(t)2dt(9.4)\|f\|^2 = \langle f, f \rangle = \int |f(t)|^2\, dt \tag{9.4}

見覚えがあるだろう。これはパーセバルの等式 (9.2) の左辺、つまり信号のエネルギーそのものだ。

やる夫

あっ、エネルギーって「関数ベクトルの長さの2乗」だったのかお! いつの間にかパーセバルに戻ってきたお!

やらない夫

つながってきたな。関数を「無限次元のベクトル」とみなすと、エネルギーは「そのベクトルの長さの2乗」だ。長さは座標系を変えても変わらない――この事実がパーセバルの正体になる。

9.3 ベクトルの正規直交展開とフーリエ級数

やらない夫

普通の2次元ベクトルで準備運動しよう。v\vec{v}xx 軸方向の単位ベクトル e1\vec{e}_1yy 軸方向の e2\vec{e}_2 で分解する。

v=v1e1+v2e2\vec{v} = v_1\, \vec{e}_1 + v_2\, \vec{e}_2

このとき座標 v1v_1 はどう求めた?

やる夫

v\vec{v}e1\vec{e}_1 に射影する…つまり内積を取るんだお。v1=ve1v_1 = \vec{v}\cdot\vec{e}_1 だお。yy 成分のほうは e1\vec{e}_1 と直角だから邪魔してこないお。

やらない夫

完璧だ。それができるのは e1,e2\vec{e}_1, \vec{e}_2正規直交基底だからだ。「正規」=長さが1、「直交」=互いに垂直(内積が0)。この性質のおかげで、ある軸への座標は「その軸の基底ベクトルとの内積」できれいに取り出せる。

ここで第1章・第2章を思い出せ。複素フーリエ級数は

f(t)=k=ckejkω0tf(t) = \sum_{k=-\infty}^{\infty} c_k\, e^{jk\omega_0 t}

だった。これは「関数 ff を、ejkω0te^{jk\omega_0 t} という基底たちで分解した式」だと読める。そして基底になっている指数関数たちは――内積 (9.3) で測ると――ちゃんと直交している。第2章でやった直交性だ。ただし「直交」までは言えても、まだ「正規」(長さ1)ではない。実際、ejkω0te^{jk\omega_0 t} の長さの2乗を測ってみると

ejkω0t2=T0/2T0/2ejkω0t2dt=T0/2T0/21dt=T0\left\| e^{jk\omega_0 t} \right\|^2 = \int_{-T_0/2}^{T_0/2} \left| e^{jk\omega_0 t} \right|^2 dt = \int_{-T_0/2}^{T_0/2} 1\, dt = T_0

になる(ejθ=1|e^{j\theta}| = 1 だから中身は常に 11)。長さの2乗が 11 ではなく T0T_0 なのだ。第2章で内積を計算したときに出てきた値 T0T_0 は、まさにこの「長さの2乗」だった。だから T0\sqrt{T_0} で割って、長さをちょうど 11 に揃える。

ϕk(t)=1T0ejkω0t(9.5)\phi_k(t) = \frac{1}{\sqrt{T_0}}\, e^{jk\omega_0 t} \tag{9.5}

こうすると ϕk2=T0/(T0)2=1\|\phi_k\|^2 = T_0 / (\sqrt{T_0})^2 = 1 となって、これらは正規直交基底になる。ϕk,ϕl\langle \phi_k, \phi_l \ranglek=lk = l のとき 1、klk \neq l のとき 0 だ。第2章では直交性を「内積の値 T0T_0」として見たが、ここではそれを T0\sqrt{T_0} で割って 11 に正規化した――同じ直交性の、目盛りを揃えた姿だ。

やる夫

ということは…さっきの2次元の話と同じことができるお? 座標を内積で取り出せるお?

やらない夫

そのとおり。ff の「ϕk\phi_k 軸方向の座標」は内積 f,ϕk\langle f, \phi_k\rangle で取れる。展開してやると

f,ϕk=f(t)1T0ejkω0tdt=T0ck(9.6)\langle f, \phi_k \rangle = \int f(t)\, \frac{1}{\sqrt{T_0}}\, e^{-jk\omega_0 t}\, dt = \sqrt{T_0}\, c_k \tag{9.6}

になって、第2章で導いたフーリエ係数 ck=1T0fejkω0tdtc_k = \frac{1}{T_0}\int f e^{-jk\omega_0 t} dt がちゃんと出てくる。

やる夫

うわ、つながったお! **フーリエ係数って、関数ベクトルを基底に射影した座標**だったのかお! 第1章で「調べたい周波数の波を掛けて積分」って言ってたあれは、「その軸に射影してる」ってことだったお!

やらない夫

それがこの章でいちばん伝えたかった視点だ。フーリエ級数とは、関数という無限次元ベクトルを、{ϕk}\{\phi_k\} という無限個の正規直交基底で座標分解する操作だ。2次元の v=v1e1+v2e2\vec{v} = v_1\vec{e}_1 + v_2\vec{e}_2 と、構造はまったく同じ。次元が無限になっただけだ。

9.4 正規直交展開とパーセバルの等式

やらない夫

下準備が整った。2次元のピタゴラスの定理を思い出せ。v=v1e1+v2e2\vec{v} = v_1\vec{e}_1 + v_2\vec{e}_2 の長さの2乗は

v2=v12+v22\|\vec{v}\|^2 = v_1^2 + v_2^2

成分ごとの2乗の和だ。正規直交基底だから、交差項(v1v2v_1 v_2 的なもの)は直交性で消えて、こんなにきれいになる。

やる夫

直角三角形の斜辺の2乗は他の2辺の2乗の和、ってやつだお。さすがにそれは知ってるお。

やらない夫

その当たり前の定理を、無限次元の関数ベクトルにそのまま適用する。f=k(T0ck)ϕkf = \sum_k (\sqrt{T_0}\,c_k)\, \phi_k という正規直交展開の長さの2乗は、座標の2乗和になる。

f2=kT0ck2=T0kck2\|f\|^2 = \sum_{k} \left| \sqrt{T_0}\, c_k \right|^2 = T_0 \sum_k |c_k|^2

左辺は f2=T0/2T0/2f2dt\|f\|^2 = \int_{-T_0/2}^{T_0/2} |f|^2 dt だから、両辺を T0T_0 で割ると

1T0T0/2T0/2f(t)2dt=kck2\frac{1}{T_0} \int_{-T_0/2}^{T_0/2} |f(t)|^2\, dt = \sum_k |c_k|^2
やる夫

パーセバルの等式 (9.1) が出てきたお! しかも導出の中身は、ただのピタゴラスの定理だったお!

やらない夫

そういうことだ。**パーセバルの等式は、ピタゴラスの定理の無限次元版**にすぎない。「斜辺の2乗=各辺の2乗の和」の各辺が、各周波数成分になっただけだ。

なぜ「時間で測っても周波数で測ってもエネルギーが同じ」なのか――答えは、ベクトルの長さは座標系を取り替えても変わらないからだ。時間領域は「各時刻の値」という座標系、周波数領域は「各周波数成分」という座標系。同じベクトルを違う正規直交基底で見ているだけだから、長さ(=エネルギー)は当然変わらない。

やる夫

座標系を回しても矢印の長さは変わらない、っていう当たり前を、無限次元でやっただけだったのかお。さっきデモで「どの N でも2本の棒が揃う」って言ってたのも、これで腑に落ちたお。射影した座標の2乗を足してるんだから、揃うに決まってるお。

9.5 フーリエ変換の場合

やらない夫

最後に、周期的でない信号、つまりフーリエ変換の場合だ。第3章でやったように、周期 T0T_0 \to \infty の極限を取ると、とびとびの係数 ckc_k が連続なスペクトル F(ω)F(\omega) に化け、k\sum_k12πdω\frac{1}{2\pi}\int d\omega に化ける。同じ置き換えをパーセバルの等式に施すと

f(t)2dt=12πF(ω)2dω(9.7)\int_{-\infty}^{\infty} |f(t)|^2\, dt = \frac{1}{2\pi} \int_{-\infty}^{\infty} |F(\omega)|^2\, d\omega \tag{9.7}

冒頭で出した (9.2) だ。中身の精神は級数版と1ミリも変わらない。F(ω)2|F(\omega)|^2 は周波数 ω\omega 付近にどれだけエネルギーが詰まっているかを表すので、エネルギースペクトル密度と呼ばれる。

やる夫

級数のときは「ピタゴラスの無限次元版」だったお。変換だと基底が連続無限個になるけど、気持ちは同じってことかお。

やらない夫

その通り。とびとびの軸が連続の軸になっただけで、「長さは座標系によらない」という核は不変だ。ここで性質の3部作は一区切りつく。時間シフトと変調、たたみこみと積、そしてパーセバル。この3つを携えて、次はいよいよ離散の世界――標本化定理へ進む。

やる夫

フーリエ変換が「関数空間の座標変換」だって視点、かっこいいお。ただの積分公式だと思ってたのが、急に幾何学っぽくなったお。

この章のまとめ
  • パーセバルの等式: 級数版 1T0f2dt=kck2\frac{1}{T_0}\int|f|^2 dt = \sum_k|c_k|^2、変換版 f2dt=12πF(ω)2dω\int|f|^2 dt = \frac{1}{2\pi}\int|F(\omega)|^2 d\omegaエネルギーは時間で測っても周波数で測っても同じ
  • 関数は内積 f,g=fgdt\langle f,g\rangle = \int f g^* dt とノルム f2=f2dt\|f\|^2 = \int|f|^2 dt を持つ無限次元ベクトルとみなせる。ノルムの2乗がエネルギー
  • フーリエ係数は、関数ベクトルを正規直交基底 ϕk=ejkω0t/T0\phi_k = e^{jk\omega_0 t}/\sqrt{T_0} に射影した座標。2次元の座標分解 vi=veiv_i = \vec{v}\cdot\vec{e}_i と同じ構造
  • パーセバルの等式はピタゴラスの定理の無限次元版。ベクトルの長さ(エネルギー)は座標系(時間/周波数)を取り替えても変わらない